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仏首相もル・モンド上で批判 大論争巻き起こる

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書評・トッドの新刊『シャルリとは誰か?』①

公開日: 2015/09/02 (ワールド)

書評・トッドの新刊『シャルリとは誰か?』①

内村 尚志 (イラストレーター)

 2015年5月にエマニュエル・トッドが出版した本『シャルリとは誰か? ――宗教的危機の社会学』が、フランスで大変な騒ぎを引き起こしている(*1)。タイトルが示しているとおり、本書は2015年1月にパリで起きた、シャルリ・エブド襲撃事件を扱っている。
(表記上の注意点:「 」内の[  ] は筆者が補った)

 まず簡単に事件を振り返ってみよう。1月7日、編集会議中だったパリ11区のシャルリ・エブド本社を、覆面をした男二人が襲撃し、風刺画家5人を含む12人を殺害、11人が負傷した。乗り捨てられた車から、襲撃犯のものと思われるクアシ兄弟の身分証が見つかる。
 8日、パリ南部モンルージュで、女性警察官が射殺される。
 9日、パリ北東シャルル=ド=ゴール空港近郊の印刷所にクアシ兄弟が人質を取って、立てこもる。この日の午後、モンルージュの警官銃撃犯と見られる男が、パリ東部のユダヤ系スーパーに人質と共に籠城。同日、特殊部隊によって、兄弟とユダヤ系スーパーに立てこもっていた男が、それぞれ射殺され、事件は解決に向かう。
 11日、テロの犠牲者を悼み、また表現の自由を初めとする共和国の理念を確認するための大規模な集会が、フランス全土で行われた。そのとき多くの人々が手にしていた「私はシャルリ」と書かれたプラカードを、ニュースなどで目にした方も多いだろう。

『シャルリとは誰か?』は、思い付きの雑感を述べた軽い本ではなく、むしろ、これまでのトッドの研究の成果が結集された一冊だ。本が出る数日前に出演したラジオ番組の中で、トッドは次のように語る(*2)。

「[この本で展開している]理論的枠組みは、政治イデオロギー的な関心とはまったく独立して、私が長年取り組んできたものです。我々はその科学的な価値について議論することはできますが、しかし[シャルリ・エブド襲撃事件について]自分のいいたいことをいうために、それらの理論的枠組みを私がこしらえたのだ、という非難は当たりません」

 さて、トッドの『シャルリとは誰か?』は出版されるや否や、哲学者やジャーナリストといった知識人の間で大論争を引き起こした。中でもマニュエル・ヴァルス首相は、本の発売日に「ここに書かれている論は、もはやフランスを信じていないシニシズムだ」と断じる長いコメントをル・モンド誌に発表した(*3)。現政権のトップである首相が、一冊の本に、しかも発売当日という早い段階で否定的なコメントを出すことは極めて異例のことだ。

『シャルリとは誰か?』は、なぜかくも大きな論争を引き起こしたのだろうか。まず確認しておきたいのは、本書が論じる対象にしているのは、ムハンマドの風刺画を掲載していた「シャルリ・エブド」誌でも、襲撃犯のフランス人でもなく、1月11日にフランス全土で起こったデモ集会についてである、ということだ。

 いかにもトッドらしく、フランス各地で起こった集会の参加者数と地域ごとの人口比を分析した上で、トッドは1月11日の集会の本質は、表現の自由の大切さや、共和国の理念「自由・平等・博愛」を謳いあげたものではなく、深刻な形で表面化したフランスの「宗教的危機」だ、と書いたのである。

 トッドの本がかくも大きな拒否反応と論争を引き起こしたのも無理はない。「私はシャルリ」と書かれたプラカードを掲げていた集会の参加者たちは、表現の自由の擁護者ではなく、逆に共和国の理念を蔑ろにしているのだとトッドは述べているのだから。

 ちなみに、ヴァルス首相による批判へのコメントを求められたトッドは、あるテレビ番組の中で、次のように述べている(*4)。

「フランスの首相は統治に関わっているべきであって、知的論争に時間を費やすべきではありません。[中略]失業率が10% もある中、統治をそっちのけにして時間を無駄にしている。マニュエル・ヴァルスは仕事をしてない、ということになるでしょう」

 さらに続けて、トッドは次のようにいう。

「二つの可能性があります。ヴァルス首相は私の本を読んでいないか、あるいは、本当に馬鹿だということです。もっとも、その二つともだ、という可能性もありますけれどもね」

 さて、では、トッドに「本当に馬鹿だ」といわれないためにも、実際に『シャルリとは誰か?』の内容を見ていくことにしよう。


*1:原題『Qui est Charlie ? : Sociologie d'une crise religieuse』(Suil、2015年5月7日)。2015年8月24日現在、未訳。
*2:"Emmanuel Todd : "Ce qui m'inquiète le plus, c'est la montée de l'antisémitisme" Le 7/91、France inter、2015年5月4日
http://www.franceinter.fr/emission-le-79-emmanuel-todd-ce-qui-minquiete-le-plus-cest-la-montee-de-lantisemitisme
*3:「いや、1月11日のフランスは欺瞞ではない」"Manuel Valls : « Non, la France du 11 janvier n'est pas une imposture »" Le monde、2015年5月7日
*4:"Emmanuel Todd face à Jean-Jacques Bourdin en direct" BFM TV、2015年5月8日
http://www.bfmtv.com/mediaplayer/video/emmanuel-todd-face-a-jean-jacques-bourdin-en-direct-521094.html


Profile: 内村 尚志 / Takashi UCHIMURA
幼少時の3年間をオーストラリアのキャンベラで過ごす。高校2年時にオーストラリアのカウラ高校に留学。大学でフランス語・スペイン語・ドイツ語を習得し、2006 年、慶応義塾大学修士課程を修了。
テキストと絵の組み合わせから生まれる表現の豊かさに魅せられ、以降、絵本とイラストレーションの制作に専心する。主な仕事に『ティティはパリでお留守番』(評言社)、「ふらんす」(白水社)、「アンデル」(中央公論新社)のイラストレーションなど。
www.takfrog.net
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内村 尚志(イラストレーター)
幼少時の3年間をオーストラリアのキャンベラで過ごす。高校2年時にオーストラリアのカウラ高校に留学。大学でフランス語・スペイン語・ドイツ語を習得し、2006 年、慶応義塾大学修士課程を修了。
テキストと絵の組み合わせから生まれる表現の豊かさに魅せられ、以降、絵本とイラストレーションの制作に専心する。主な仕事に『ティティはパリでお留守番』(評言社)、「ふらんす」(白水社)、「アンデル」(中央公論新社)のイラストレーションなど。
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