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集会参加者の大半は「ゾンビ・カトリック教」

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書評・トッドの新刊『シャルリとは誰か?』②

公開日: 2015/09/03 (ワールド)

「私はシャルリ」を掲げる集会参加者=Reuters 「私はシャルリ」を掲げる集会参加者=Reuters

内村 尚志 (イラストレーター)

 『シャルリとは誰か?』の中でエマニュエル・トッドは、1月11日にフランス全土で行われた集会に着目する。

 まずトッドは集会の参加者数をその地域の総人口で割り、各都市で行われた集会の「激しさ」を示す。都市の総人口に比して、集会の参加者数が多いところほど、集会が激しかった都市である、ということになる。

 次にトッドは、各都市ごとの労働者の人口比と、上位中産階級(教養があり、知的職業に就いている者)の人口比の統計をそこに重ねてみる。

 面白いのは、さらにそこに「ゾンビ・カトリック教(catholique zombie)」の統計をトッドが持ってくることである。

「ゾンビ・カトリック教」とはトッドが作った用語で、1960年ころまでカトリック信仰が強かった地域に住んでいる人々のことを指す。この用語は、『シャルリとは誰か?』で新しく出てきたものではなく、2013年に書かれた『不均衡という病』(*1)で登場したものだ。

 トッド流の家族制度の分析によると、これらの地域は伝統的に長男を跡取りとして優先するような、社会階層の存在を当然と見なす形で不平等的・ヒエラルキー的・権威主義的な価値観を強くもっている。それらの地域は、1960年頃まで、カトリックの信仰が強かった地域でもあり、これはカトリックが一面で持っている権威主義的で、ヒエラルキー的な特徴と一致するものだ。

 世俗化の進んだ現在では、それらの地域に住む人々はカトリック教の信仰者ではないが、相変わらず、個々の人間の平等よりも不平等を当たり前と捉え、自由よりも権威を重んじる傾向が強い。その意味で「ゾンビ・カトリック教」とトッドは呼んでいるのである。

 つまり、興味深いことにトッドは、フランスの中に二つの潮流を見ているのだ。
 一つは18世紀のフランス革命に始まる共和主義的な潮流であり、地域的にはパリとその周辺に代表される。これは個人の自由と平等を重視する態度である。
 もう一つの潮流が、カトリック教に代表される反革命の勢力であり、未だにその二つの潮流がぶつかり合い、働きかけあってフランスのダイナミズムを生み出しているというのだ。

 一つ保留しておくと、「ゾンビ・カトリック教」をトッドが非常にネガティブな概念として用いているように聞こえるかもしれない。それについて、トッドはこのように答えている(*2)。

「ゾンビ・カトリック教という概念は、ネガティブな響きを伴っているため、私がカトリック教に何か恨みがあるのではないか、としばしば思われるます。皮肉なことですが、ゾンビ・カトリック教に当てはまる地域は、それ以外の地域よりすべての点でうまくいっています。[中略]だから一時期、私が心配していたことは、ゾンビ・カトリック教に当てはまる地域を、私が褒めすぎていると非難されるのではないか、ということだったのです」

 トッドが述べるように、ゾンビ・カトリック教的な傾向を持つ地域は、経済的なパフォーマンスがいいのだ。これなどは、トッドが他の著作で述べている、権威主義的・不平等的な家族制度を伝統的に持ってきたドイツや日本の経済的なパフォーマンスがいい、ということの指摘ともつながっている。


 以上の分析をまとめた上で、トッドの指摘をまとめると、次のようになる。
1.1月11日の集会の参加者の大半が上位中産階級の人々であり、マグレブ系(*3)の労働者や、郊外の移民系の人々が含まれていないこと。
2.集会の激しかった地域が、「ゾンビ・カトリック教」地域とほぼ重なること。
3.大きな例外はパリくらいのものであること。

 すなわち、「私はシャルリ」と掲げている人々とは誰か、といえば、上位中産階級に属し、ゾンビ・カトリック教的な傾向を持つ、比較的高年齢の人々である、ということになる。

 ここからがトッドの分析の醍醐味なのだが、トッドはさらに、シャルリに当てはまる人々と、マーストリヒト条約に賛成票を投じた人々の分布図がほぼ一致する、と指摘する。つまり、シャルリたちは、1992年にはすでにフランスにいたのである。

 1992年当時と、2015年のシャルリたちの違いはここにある。すなわち、マーストリヒト条約に賛成票を入れた人々は、EUとユーロ創設という積極的なプロジェクトを推進した楽観的な人々であったのに対し、今回の「私はシャルリ」に見られる集会では、悲観的で不寛容な傾向を伴う集団に変容してしまっているということだ。

 次回は、トッドによる分析結果の解釈をさらに詳しく検討していこう。


*1:エマニュエル・トッド、エルヴェ・ル・ブラーズ『不均衡という病』(藤原書店、2014)。原題『Le Mystère français』(Suil、2013)
*2:"Dialogues avec Emmanuel Todd, Version Longue" librairie dialogues、2015年6月12日。
https://www.librairiedialogues.fr/livre/7983978-qui-est-charlie-sociologie-d-une-crise-relig--todd-emmanuel-seuil
*3:北西アフリカ、特にモロッコ、アルジェリア、チュニジアを指す。


Profile: 内村 尚志 / Takashi UCHIMURA

幼少時の3年間をオーストラリアのキャンベラで過ごす。高校2年時にオーストラリアのカウラ高校に留学。大学でフランス語・スペイン語・ドイツ語を習得し、2006 年、慶応義塾大学修士課程を修了。
テキストと絵の組み合わせから生まれる表現の豊かさに魅せられ、以降、絵本とイラストレーションの制作に専心する。主な仕事に『ティティはパリでお留守番』(評言社)、「ふらんす」(白水社)、「アンデル」(中央公論新社)のイラストレーションなど。
http://www.takfrog.net
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内村 尚志(イラストレーター)
幼少時の3年間をオーストラリアのキャンベラで過ごす。高校2年時にオーストラリアのカウラ高校に留学。大学でフランス語・スペイン語・ドイツ語を習得し、2006 年、慶応義塾大学修士課程を修了。
テキストと絵の組み合わせから生まれる表現の豊かさに魅せられ、以降、絵本とイラストレーションの制作に専心する。主な仕事に『ティティはパリでお留守番』(評言社)、「ふらんす」(白水社)、「アンデル」(中央公論新社)のイラストレーションなど。
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