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神なき時代の、シャルリたちの神「ユーロ」

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書評・トッドの新刊『シャルリとは誰か?』③

公開日: 2015/09/04 (ワールド)

2015年1月11日のパリ集会 「シャルリ・エブド」誌の故編集者の写真を掲げている=Reuters 2015年1月11日のパリ集会 「シャルリ・エブド」誌の故編集者の写真を掲げている=Reuters

内村 尚志 (イラストレーター)

 シャルリとは誰か、といえば、上位中産階級で、比較的高齢で、ゾンビ・カトリック教的な地域に住む人々のことだ。そして、彼らは突然出現したのではなく、1992年にマーストリヒト条約に賛成票を入れたのと、ほぼ重なる人々なのである。

 エマニュエル・トッドが本書で警告しているのは、かつて楽観的であったシャルリに当てはまる人々が、悲観的な方向に変容し、不寛容でエゴイスティックになっている、ということだ。

 集会に参加したシャルリたちは、共和国の理念であり、共生の原理である「自由・平等・博愛」を謳っていた。特に「自由」に関しては、ムハンマドの風刺画を掲載したシャルリ・エブド誌の編集者や漫画家が殺害されたこともあり、表現の自由の重要性が強く訴えられた。このことに対して、トッドは次のように述べる。

「[シャルリたちによって]もう一度、取り戻されなければいけないとされた共和国とは、冒涜する権利を中枢に据えた共和国であり、しかも、その冒涜する権利は、社会的弱者が信仰する、少数派宗教の象徴的人物を冒涜することにもただちに適用される。
 多くの人々が失業状態にあること、マグレブ系の若者の受ける職業差別、フランス社会の頂に君臨するテレビや学術界のイデオローグによるイスラム教の絶え間ない悪魔的なイメージ化。これらの文脈を併せて考えると、1月11日の集会が持つ暴力性を強調してもしすぎることはないだろう」
(『シャルリとは誰か?』Pg.87。強調はトッドによる)

 また、フランス独特の世俗主義(ライシテ)というものがある。簡単にいえば、公共の場に宗教を持ち込まない、ということであり、市民権と宗教的帰属を分離させること、と言い換えることもできる。
 個々人の宗教的帰属を超えて、市民として共生するという、共和国を支える重要な原理だ。
 世俗主義は歴史的に見ると、旧体制で大きな権力を握っていたカトリック教会を批判することによって獲得されてきた。その象徴的人物が、啓蒙思想家のヴォルテールだ。
 その世俗主義について、ヴォルテールに絡めながら、トッドは次のように述べる。

「ヴォルテールは、シャルリたちによって教義のようにしばしば言及される。実際にヴォルテールは1789年の革命派や、1905年の教会と国家の分離の信奉者たちにとっては教義的人物であった。[中略][しかし]ヴォルテールは、シャルリたちとは反対に、他者の宗教を告発したりはしなかった。ヴォルテールが冒涜したのは自分自身であり、また、自らが元々寄って立っていた宗教に対してだった」
(『シャルリとは誰か?』Pg.88)(*1)

 そしてトッドは、シャルリたちが唱える世俗主義が、イスラム教にも開かれた世俗主義ではなく、イスラム教徒に対して無神論への「改宗」を迫るような、排他的で「宗教的」な世俗主義である、と批判する。
 普遍主義的で共生を目指すかのような外見をしながら、その実、反対の姿を隠し持っているというところに、トッドは、マーストリヒト条約によるユーロ支配と、シャルリたちに共通点を見出すのだ。

「マーストリヒトの語り口は、リベラルで平等主義的で普遍主義的だ。[中略]しかし、現実は真逆で、成長の鈍化と経済の停滞をもたらしている。自由と平等の勝利をもたらすどころか、通貨という冷酷な神の超越的な権威の下での、不平等の勝利にマーストリヒト条約は至らしめたのだ」
(『シャルリとは誰か?』Pg.85-86)
「マーストリヒト条約と同じように、シャルリは二通りの様相を呈する。一方では意識的でポジティブであり、リベラルで平等主義的で、共和主義的だ。他方では無意識的でネガティブであって、こちらは権威主義的で不平等主義的、支配し排除する」
(『シャルリとは誰か?』Pg.87)

 意識の上では共和主義的な特徴を見せつつ、意識下では権威主義と不平等を推進するシャルリたちを、トッドは「新・共和主義(néo-républicanisme)」と呼んで、共和主義と区別する。シャルリたちが無意識に推進しているのは、反イスラム教的な世俗主義を掲げるフランス共和国という権威への服従と、高い失業率への無関心という形で表れた不平等だ、というわけだ。

ところが、トッドの危惧はさらにその先へと向かい、反ユダヤ主義の台頭を警告する。


*1:1905年に、政教分離法がフランスで定められた。


Profile: 内村 尚志 / Takashi UCHIMURA

幼少時の3年間をオーストラリアのキャンベラで過ごす。高校2年時にオーストラリアのカウラ高校に留学。大学でフランス語・スペイン語・ドイツ語を習得し、2006 年、慶応義塾大学修士課程を修了。
テキストと絵の組み合わせから生まれる表現の豊かさに魅せられ、以降、絵本とイラストレーションの制作に専心する。主な仕事に『ティティはパリでお留守番』(評言社)、「ふらんす」(白水社)、「アンデル」(中央公論新社)のイラストレーションなど。
http://www.takfrog.net
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内村 尚志(イラストレーター)
幼少時の3年間をオーストラリアのキャンベラで過ごす。高校2年時にオーストラリアのカウラ高校に留学。大学でフランス語・スペイン語・ドイツ語を習得し、2006 年、慶応義塾大学修士課程を修了。
テキストと絵の組み合わせから生まれる表現の豊かさに魅せられ、以降、絵本とイラストレーションの制作に専心する。主な仕事に『ティティはパリでお留守番』(評言社)、「ふらんす」(白水社)、「アンデル」(中央公論新社)のイラストレーションなど。
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