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反ユダヤ主義への悪魔的な連鎖

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書評・トッドの新刊『シャルリとは誰か?』④

公開日: 2015/09/07 (ワールド)

書評・トッドの新刊『シャルリとは誰か?』④

内村 尚志 (イラストレーター)

 本の発売前に出演したラジオ番組でエマニュエル・トッドが告白したように、『シャルリとは誰か?』は、初めてトッドがユダヤ系という自らの出自を意識して描かれた本だ(*1)。

 1月11日の集会に見られた潜在的イスラム嫌い(イスラモフォビア)が、今度はムスリムに反ユダヤ主義を連鎖的に引き起こす危険性をトッドは見てとったのだ。

「ゾンビ・カトリック教的地域の支配下にあった一部のフランスが、宗教的強迫感を発展させ、すべてのルサンチマン(憤り)をつなぎ合わせる。それは、まるで入れ子になったロシア人形のようだ。すなわち、キリスト教的な起源を持つ人々のイスラム嫌いを引き起こし、それがイスラム教的な起源を持つ人々の反ユダヤ主義を引き起こす」
(『シャルリとは誰か?』Pg.110)

 シャルリたちが無意識にイスラム嫌いを振りまくとき、特に脅威に曝されているのは、ユダヤ教系のフランス人だ、ということだ。

 意識的には共和国の理念を謳っている人々が、無意識にそれと反対の「権威・不平等」を推進している。トッドのこの指摘が正しければ、無意識の「宗教的」な傾向を変えることは困難である。

 だからこそ、トッドは意識的に変化を起こすことのできる政治的・経済的な政策(具体的には、ユーロ離脱と、それに始まるフランス経済の建て直し、失業率の解消)の必要性を強く訴えるのだ。


 さて、『シャルリとは誰か?』を読んで、トッドの知的誠実さと、不快なことでも真実だと思ったことを指摘してみせる知識人としての勇気に大きな敬意を表した上で、最後にいくつかの疑問点を挙げておきたい。

 トッドは家族制度や宗教性はコントロールが効かないものであるが、各個人の行動をすべて決定付けているものではない、と主張している。それらは傾向として統計に表れるけれども、個々人の行動をあらかじめ縛って固定するものではない。
 そう主張した上で、トッドはコントロールが効く社会的経済的諸問題の解決を政治家に求めるのであるが、しかし、政治に参加しているのは政治家だけではなく、個人としての市民でもある。トッドのこの本を読んだとき、例えば、「シャルリ」にぴったり当てはまる一市民は、いったい何をすればいいというのだろう。彼らは、経済政策が人格の深層にまで影響を及ぼすのを待っているしかないのだろうか。これが第一の疑問である。

 二つ目。トッドは本書の最初の部分で、社会学は社会現象の表層ではなく、深層を探る科学である、と述べている。1月11日の集会に参加した人々は、善良で、本当に共和国的価値を重んじている人々だろう。しかし、統計を見ると、その深層に隠れている不寛容な諸傾向が見られる、というわけである。

 なるほど、確かに、「ゾンビ・カトリック教」的地域と集会の激しい地域の一致は説得力を持っている。しかしながら、パリの集会の激しさについてはどうなのだろう。

 実際、ジャーナリストのダニエル・シュナイダーマンに「あなたの本を読んだが、パリの参加率の高さについての理由は書いてなかった」と指摘されたトッドは「パリをどう解釈するかは今後の課題だ」と答えている(*2)。

 このやりとりを聞いていると、深層心理学へ向けられた批判を思い出す。深層心理学は自らを「科学だ」と主張するが、そうではない、という批判である。

 その理由は、深層心理学は、「深層」への解釈をどこでやめればいいかを知らないからである。すなわち、解釈はもっともらしい回答に達するまで、際限なく行うことができる。つまり、そこには科学が科学であるための条件、反証可能性(カール・ポッパー)が欠けているのである。

 トッドは統計を示し、その客観性を主張するが、トッドの分析が意味深いのは、その統計の解釈である。「ゾンビ・カトリック教」に一致しないパリが統計に含まれていて、「パリをどう解釈するかは今後の課題だ」とトッドが述べるとき、元々の仮説への反証可能性は担保されているのだろうか。


『シャルリとは誰か?』を読んでいるときに、絶えず思い浮かんだのは、悪魔は魅力的な姿で現れる、という言葉だった。なるほど、確かに、あの集会は魅力的な言葉と善意に溢れていた。

 あれは悪魔だったのだろうか。トッドはそう感じ、また、自分の分析でそれを確かめ、本として出版した。それに対して、ヴァルス首相をはじめとする多くの人々から、ヒステリーのような激しい抗議の声が挙がったことは示唆深い(*3)。

 悪魔は本当の名前を呼ばれることを最も恐れる、ともいうからだ。

(今連載は今回の④で終りです。敬称略)


*1:"Emmanuel Todd : "Ce qui m'inquiète le plus, c'est la montée de l'antisémitisme" Le 7/91、France inter、2015年5月4日
http://www.franceinter.fr/emission-le-79-emmanuel-todd-ce-qui-minquiete-le-plus-cest-la-montee-de-lantisemitisme
*2:"Arrêt sur images" 2015年5月22日
http://www.arretsurimages.net/emissions/2015-05-22/Todd-Vous-imaginez-Reiser-faire-des-trucs-aussi-nuls-id7752
*3:ヴァルス首相が悪魔だといいたいのではない。むしろ「悪魔」とは、そのような状況を作り出す構造的なものだと私は考えている。


Profile: 内村 尚志 / Takashi UCHIMURA

幼少時の3年間をオーストラリアのキャンベラで過ごす。高校2年時にオーストラリアのカウラ高校に留学。大学でフランス語・スペイン語・ドイツ語を習得し、2006 年、慶応義塾大学修士課程を修了。
テキストと絵の組み合わせから生まれる表現の豊かさに魅せられ、以降、絵本とイラストレーションの制作に専心する。主な仕事に『ティティはパリでお留守番』(評言社)、「ふらんす」(白水社)、「アンデル」(中央公論新社)のイラストレーションなど。
http://www.takfrog.net
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内村 尚志(イラストレーター)
幼少時の3年間をオーストラリアのキャンベラで過ごす。高校2年時にオーストラリアのカウラ高校に留学。大学でフランス語・スペイン語・ドイツ語を習得し、2006 年、慶応義塾大学修士課程を修了。
テキストと絵の組み合わせから生まれる表現の豊かさに魅せられ、以降、絵本とイラストレーションの制作に専心する。主な仕事に『ティティはパリでお留守番』(評言社)、「ふらんす」(白水社)、「アンデル」(中央公論新社)のイラストレーションなど。
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